バイロイト東洋人初タクト 大植英次が語る 恩師の夢 ワーグナー振る(2005/01/09付)

 「あそこは行こうと思っていける場所ではない」。偉大な音楽家だった故レナード・バーンスタイン(1918―90年)の言葉だ。「あそこ」とは、ドイツのバイロイト音楽祭。広島市佐伯区出身の大植英次が今夏、その恩師の夢でもあったバイロイトで東洋人として初めてタクトを振る。オペラ指揮者のあこがれである世界最高峰の伝統の音楽祭で、大曲「トリスタンとイゾルデ」に挑む熱い思いを語った。(聞き手は里田明美)

 出演が決まり大植は、バイロイト音楽祭に一昨年、昨年と見学に行った。劇場は街中にあるのが通常だが、バイロイト祝祭劇場は丘の上にある。森の中の木造ホールは130年前のまま。リヒャルト・ワーグナー(1813―83年)の音楽を演奏するためだけにつくり上げた特別な空間だった。

 客席のいすにはひじ掛けがなく、座りにくい。オケピットを覆うように舞台がせり出し、観客からオーケストラはまったく見えない。音楽祭は真夏にあるが、冷房もない。ワーグナーの音が最高の状態で出るように設計されている。独特の雰囲気があり、オケの音色も全然違う。指揮者はジーパンなどラフな格好でタクトを振っている。

 ベートーベンの音楽を生地であるボンで、モーツァルトの交響曲をザルツブルクでやるのはそれなりに意味があるだろう。だがバイロイトでワーグナーをやるのは違う。ホール全体が「これがワーグナーの本物です」という証書を提示しているようなものだから。音楽家も観客もワーグナーの大ファンで、みんな家族のように感じた。

 「トリスタンとイゾルデ」は、一九九九年以来六年ぶりの演奏になる。四時間に及ぶ大曲を七月二十五日から期間中六回振る。

 ワーグナーが精魂込めて書いた、オペラの最高傑作といわれる。中世の物語の悲劇性や主人公の心の動きも、音楽がうまく表現している。僕にとっても二十数年前に恩師バーンスタインの演奏会で全曲に出合い、死ぬまでに絶対演奏したいと感銘を受けた曲だ。

 ワーグナー家にとっても極めて大事な曲で、最高のオケで最高の指揮者でないとしたくないという意向のようだ。

 フルトベングラー、カラヤン、ベームといった歴代の有名指揮者がタクトを振った音楽祭。出演は、バーンスタインの夢でもあった。だが、日程調整がつかず、果たせなかった。

 先生は「あそこは、行こうと思っていける場所ではない。最後に行ってみたい」と言っていた。先生はユダヤ系。ワーグナーはドイツ系。相いれないところもあるのに、「トリスタンはすごい曲」と認めていた。人種を超えてこの曲に対するあこがれがあったのでしょう。

 先生は、音楽を愛し、人間を愛し、それを数々の人々と分かち合いたいと願っていた。作曲もし、ピアノも弾き、指揮もした。にもかかわらず、僕たち若い者を集めて教えた。いろんな方法を使って、いろんな音楽を広める。それがバーンスタインの精神。先生のおかげで今の僕があるのです。

 世界的に活躍する大植だが、実はヨーロッパでオペラを振るのは初めて。オペラ発祥の地でのオペラデビューがいきなりバイロイトになる。

 そもそも楽団員が私を推してくれたそうだ。米ミネソタ、ハノーファーの演奏を見て、ワーグナー家から正式に依頼があった。シンデレラストーリーですよ。

 運営を取り仕切るウォルフガング・ワーグナーさんは、オペラ経験の少ない僕に、「オペラ劇場で練習する必要はないし、変に練習しないでくれ」と言ってくれた。「オオウエは、バイロイトで生まれ、バイロイトから広めてほしい」と。僕のオペラの一ページはバイロイトの「トリスタン」なのです。

 チケットは10年先まで買えないほど人気がある。ドイツ国内はもちろん世界中からも注目が集まる。実際に音楽祭を2年間体験し、本番への気持ちも変化しているという。

 ワーグナー家の一員に選ばれたような気分。話があった時は、大変光栄で、指揮者大植英次として頑張ろうと誓った。だが今は、世界の遺産(ワーグナーの音楽)を守るために、指揮者大植が、未来に橋渡しをする役目をいただいたのだと。

 一応、五年間「トリスタン」を振ります。過去の遺産に僕の解釈を入れながら未来につなげるのが使命。僕はその門番の一人になるのかな。

 一昨年夏、ワーグナーの墓に参った。そして博物館に案内され、保管しているワーグナー直筆の「トリスタン」の楽譜も見せてもらった。

 厚さが20センチを超える指揮者用の楽譜を毎日読み込んでいる。楽譜の一音一音を自分で確かめるためにピアノを弾き、ドイツ語の歌詞を覚えている。ワーグナーが書いたものを百パーセント知り尽くしたいのです。

 若い時はバーンスタイン先生に導かれた。今はワーグナー家に育てられていると感じる。僕を本物のバイロイト指揮者に育ててくれているように思うのです。

 バイロイト音楽祭への出演は「ドアが1枚開いたにすぎない」と冷静だ。大阪フィルしかり、今持っているものを最高の状態に持ってゆくのが希望であり、未来像なのだ。

 僕は指揮者よりも芸術家(音楽家)になりたい。指揮者の最高峰はたくさんいるが、芸術家の最高峰はあまりいない。カラヤンは指揮者の最高峰、フルトベングラー、カルロス・クライバーは芸術家の最高峰。どっちもすごいが僕が感銘を受けるのは後者だ。輝かしい指揮者よりも本物の音楽を追究する方が、僕には合っている。バイロイトはそういうところだと思うんです。

 おおうえ・えいじ 1957年生まれ。桐朋学園大、米ニューイングランド音楽院で指揮を学ぶ。1978年、米国の音楽祭で故レナード・バーンスタインに出会い晩年まで師事。90年米エリー・フィル音楽監督。95年米ミネソタ管弦楽団音楽監督。ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーの首席指揮者は98年から兼任。03年4月から大阪フィル音楽監督も務める。同年2月、ミネソタ管弦楽団が演奏し、自らが指揮したCDが、グラミー賞の現代作曲家部門を受賞した。

 バイロイト音楽祭
 ザルツブルグ(オーストリア)などと並ぶ世界の主要音楽祭の一つ。1876年、作曲家リヒャルト・ワーグナーが自らの作品を上演するためにドイツ南東部のバイロイトに祝祭劇場を建設。同年初演。その後もワーグナーの子孫が音楽祭を運営し、毎年7、8月に上演される。伝統を守る一方で、常に新しい試みを盛り込んでいる。

【写真説明】ハノーファー北ドイツ放送フィルを率いて広島でダイナミックにタクトを振った大植(2004年6月)