■中国新聞の記事から

 大阪フィルハーモニー交響楽団・大植英次音楽監督 「聖地」を経験 新境地へ(2005/09/05付) 

 広島市佐伯区出身で、東洋人として初めて伝統あるドイツ・バイロイト音楽祭に出演した大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督の大植英次(48)。7月25日から約1カ月間にオペラ「トリスタンとイゾルデ」を6回指揮し、欧州でのオペラ・デビューをワーグナーの「聖地」で果たした。帰国したばかりの大植は、大役を務めた経験を糧に新たな一歩を踏み出す意気込みを語った。(伊藤一亘)

 ワーグナーが自らのオペラを上演するために劇場を建設し、バイロイト音楽祭を始めたのは1867年。指揮台にも歴史と伝統が宿り、上方にはワーグナーが指揮者に向けて指示を出していた窓の跡も残る。「最初に指揮台に立ったとき、『ここにトスカニーニやフルトベングラーや、クライバーやカラヤンが…』と思うと、いすをなで回しました」と、屈託のない笑顔を見せた。

 日本を含めドイツ以外の国には好意的に受け入れられた演奏だが、難解な演出もあって、地元ドイツではさまざまな批評にさらされた。
 音楽づくりを理解したうえでの批評には大事に目を通したという。「ドイツ人以外の人がやると厳しい言葉をいただくのは当然。その上を行こうと思ったら、勉強していかないと」。ひとつの試練と受け止める。

 オペラの経験が浅いことは自覚している。バイロイトで学んだ部分も大きい。「最高の歌い手が集まればうまくいくと考えていたが、そうではない。歌手の間に入り、もっと『大植英次』を出していかないといけない、と教わった」と打ち明ける。

 ワーグナー観も変わった。ベートーベンやマーラーなどと同じ歴史上の作曲家の1人として尊敬していたにすぎなかったが、今回「トリスタン…」に取り組むうち、あらためて彼に魅せられた。

 「信じられない音楽を作ってくれたと思うし、劇場を造るなど夢を現実にしてきた人。作曲家としてではなく、人間・ワーグナーに対する尊敬の念が増した」と強調。長いつきあいを期待されたワーグナー家に対しては「音楽祭を守り続ける姿を尊敬する」と語った。

 ハノーバー北ドイツ放送フィルの首席指揮者を務め、「ドイツのオーケストラの音は分かっていた」つもりだったが、バイロイトで本当のドイツの音を実感。完ぺきな演奏を求め、重厚な響きを大事にする楽団員の姿勢にも感銘を受けた。

 帰国後初の大阪フィルの定演では、マーラーの交響曲第三番を振る。「僕の身に染みた(バイロイトの)響きが自然に出るはず。それを感じてもらえれば、新しい大フィルの一歩をつくれる」と自信を示す。同フィルとの契約も2年延長、2007年まで音楽監督を務める。

 今回の音楽祭を自身の「ターニングポイント」と位置づける。これまでオペラを避けてきたわけではないが、時間の制約で手掛けるチャンスがなかった。「いろいろな話が来始めている。(オペラの)経験を積んでいきたい」ときっぱり。

 来年、再来年はバイロイトへの出演予定はない。次の登場は早くても2008年以降だ。「もう一歩先に進むために、オペラに限らず、時間をかけていいものをつくり上げたい。これを起点に未来へ向かっていく」。新たな歩みを始める覚悟を見せた。

【写真説明】「満足できる演奏ができ、すばらしい経験ができた」と振り返る大植英次(大阪市内のホテル)